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2020-04-19

ヨガニードラ「ただ休む」という練習

受け身になれる時間

何もしなくていい時間を過ごせる。

私にとってそれがありがたかったんだと思う。

はい、楽な姿勢で横になって~!

と言われた時のうれしさ。

堂々とお休みできるなんて。

子どものときは

寝ることはあまり好きじゃなかった気がするなぁ。

ふかふかのお布団で、

その日一日が心も身体も満たされた状態だったり、

または次の日に何か楽しい予定があったりしたときは、

わくわくしながら気持ちよく眠りについていたかもしれないけど。

大人になった今は

寝ることがすんなりとポジティブに

受け入れられないときもある。

今日はぐっすり寝られるのかな。

明日気持ちよく起きられるかな。

あれをやり残したなぁ。

今日ちょっとだらだらしすぎたなぁ。

明日からまた仕事か…。

会議があるなぁ。嫌だなぁ。

何かしらの感情を抱えてお布団に入るからかもしれない。

だけれど、

ヨガニードラの練習で

横になること

何もしないことは

すごく贅沢な気分にさせてもらえる。

そしてヨガニードラを練習した夜は

何よりも安心して

眠りにつくことができる。

お金を払ってわざわざ寝に行くの?

お休みをしに行くなら家ですればいいのに、、

と実際に家族に言われたこともあるけれど(笑)

休むために設けられた時間・空間で行うのは

やっぱり、まったく違う気がするのです。

それはある種のRitual(儀式)のようなもの

なのかもしれないなぁと

思っています。

(ヨガの実践/プラクティス自体がRitualかもしれません)

日常の時間や空間と分けて行うRitual・または活動は

なんとなく特別な気がします。

同じ映画を見るにしても

映画館で見るのと

家でNETFLIXを見るのが

少し違うのと同じように…。

そして、ヨガニードラは

マッサージを受けることとも少-し違うような気がする。

(マッサージはマッサージで大好き)

その違いは何だろう。

もしかしたら

ヨガニードラは

受け身でいること

何もしないこと

休んでいいことを

自分に許しつづけるプロセス

だからなのかもしれないなぁ。

自分自身に許可を出しつづける。

そのためには

休むことをデザインされた時間・空間で

できるだけ眠りに落ちずに

身体の感覚にやさしく注意を向けることが大切で、

そのプロセスが

許しを導いてくれるのだと思います。

もちろん寝てしまうこともOKだと

思っています。

何もしないことが推奨される

身体だけでなくて心もただ休むことが推奨されるって

今までになかったなぁ。

そんな風に思います。

休むことが苦手だった私にとって

その恩恵がとても大きいなぁとも思っています。

読んでくださり、ありがとうございます。

YURIE

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