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2018-12-03

自分の「役割」で救われる~

12月ですね。

もうすぐ青葉公会堂でヨガを始めて1年になります。

続けられているのは、みなさんのおかげです~。ありがとうございます!

 

そんなこともあってか、

私ができるヨガクラスってどんなクラスなのか、

最近、改めて考えていました~。

 

ヨガクラスって、

講師によって、本当にいろいろなスタイルがありますよね~。

 

リラックスを重視して、穏やか動きをたくさん取り入れているクラスもあれば

ダイナミックに動きながら、心を無にしていくクラスもある。

ダイエットを目的にしたクラスもあれば、柔軟性を深めるクラスもあり…

 

じゃあ、私が好きなクラスってどんなクラスかな~と

ちょっと振り返ってみました。

 

私は数回しか受けたことがないのですが、

とっても大好きな先生がいました。

 

なんで自分はそのクラスが好きなのか、振り返ってみると

私はそのヨガの先生やクラスを通して、

いろんな枠組みを取っ払ってもらったんです。

 

「ヨガの先生ってこうあるべき」とか

「クラスはこういう組み立てじゃなければだめ」とか

無意識に思っていたことがあったけれど、

その先生は、いい意味でその逆でした。

 

その先生の魅力は

先生として「こうするべき、こうあるべき」という

義務感としては全く感じさせず、

それを人にも強要しない方でした。

だからと言って、「なんでもいいよね~」ということではなく。

 

その先生ならではの「軸」があり、

それを先生が存分に楽しんでいるような感じ。

 

自分の好きなヨガを追求されているように見えました。

 

そのころの私は、まるで義務感の神様に

自分を売ってしまっていました。笑

 

仕事やそれ以外のことでも、まるで呪いのように

自分に対して「こうすべき~こうあるべき~」と

思っていましたね~・・ツラかった。

 

ヨガにおいても同様で、例えば、ヨガの先生は

「身体がとても柔らかくて、引き締まっていて、

ストイックで、知識も豊富であるべき」

という枠組みがあって、時折、

そのイメージに近づけていない自分がいるように感じることがありました。

(今も時々あるので、「おっと!」と気づいて軸に戻ります)

 

そして、自分のプレッシャーにつなげてしまうこともありました。

「自分は身体が柔らかくない」

「練習が足りない」

「もっと勉強しなきゃ」

のように。

 

口で「身体は柔らかくなくてもヨガができますよ」と言っているけど

心で思ってしまっていたら、きっと生徒さんにも伝わってしまうもの。

 

でも、今では少しずつ自分の中で納得できるようになったんですね。

その助けとなった考えは、

「すべては『役割』」という大好きなコラムニストの方の言葉から。

 

コツコツ努力を積み上げてこられた先生は

その姿を伝えることで、努力の素晴らしさを伝える役割をお持ちだろうし、

知識が深い先生は、それを伝える役割。

 

私は何が伝えられるかな~。

「とりあえずやってみて、そこから修正していけば大丈夫!」ということかな。笑

 

青葉区役所の紅葉。よく見ると3色のグラデーション🍁

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